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ユニクロという習慣 続き
 続きです。
習慣と言うものは、とても不思議なもので、
その習慣が身についている人にとっては、
その行為に対して、ほぼ無心とでも言っていいほど、
何のためらいも違和感も生まれませんよね。

しかしながら、習慣になっていない人にとっては、
『一日一食生活』ではないですが、
場合によっては、その行為がとてもストレスとなる場合があります。

そのような意味で、日本の『おもてなし』や、
様々ないわゆる『文化』というのは、
外国の方からも賞賛されることが、多々あるようですね。

と、まぁそんな素晴らしい文化は、
人と人が係わる際の、ある種常識のようなものとして、
自分たちの習慣となっていきます。
スムーズにその習慣が実行できればなんのストレスも生まれませんが、
その習慣がほんの少し変わらざるえないとなると、
その時に皆様はどう感じられますか?

恐らく、大方が悪い意味でのストレスとなると思います。

ようやく話を戻せましたので、先日の続きですが、
世界的グローバル企業として、憧れの存在になった企業が提唱する、
普遍性として『在庫切れはありえない。』という感覚が身についてしまったら。。。

大げさな話だとは思います。
しかしながら、人と人の係わり合いの中で生まれた『おもてなし』という文化。
その習慣は強制力を強いるものではなかったと思います。

商売と言う中の習慣が『日本の文化』として、
浸透した場合に、私たちは『人と人の係わり』というものを、
かつてのように持っておくことが出来るのでしょうか?

どこか地方のスーパーで、
『ラー油』がないという事態に出会ったときに、
「じゃあ今日は、ごはんですよ。にしよう。」と、
笑顔で言ってってくれることを祈っております。
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