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日本人の忘れ物 性善説
 ここ最近は海外ってどんなんかなぁ。
なんてよく考えます。
あまりにも多様な激動の情勢が、
テレビの中では、口蹄疫問題のように一極集中。
まぁ、それはわかるんですが。。。

と、思考を現実から逃避させると、
色々なことが見えてくる気がします。
果てしない絶望と、抗いきれない運命と、
逃避だから得られるほんの少しの“夢”と。

なんて、時折発狂してしまいたくなる現実ですが、
『逃げちゃだめだ。』と、
今を生きる責任を考えてみる次第であります。

で、日本と海外の違いというものをなんとなく考えると、
大きな違いは“文化!”
ではなく、宗教と信仰かなぁ。なんて感じます。

凡そ、宗教というものは“生”或いは
生き方についての道しるべ(ルール)であるように思います。

ルールのない世界の中では、正義も悪も存在しません。
仮に性別がルールだとしたら女性に生まれれば正義、
男性に生まれれば悪。となっちゃうわけです。
ルールのなかった世界から数万年間、
己が生存する為のルールとして皆が考え、
それぞれの生存の為に善処したのが宗教だと思います。

と、そんな宗教ですが、
個人的にはある種のルールでしかないわけですから、
こんな世の中?特に日本では必要とされないように思います。
だって、『世の中、銭でしょ。』ってなるわけですから。

と、そんなことを言ってしまうと、
『日本て腐ってる。。。』って感じですが、
単純に宗教への信仰が必要なかったというのは
良くも悪くもというより、3月11日までは
とても良いことだったように思っております。
(無知を是としてですけどね。)

国家レベルでの信仰は決裂も生みますが、
それだけの集中も生み、また“神”という
『諦め』と『希望』を“神”が与えてくれる訳です。

逆に信仰がない。或いはバラバラということは、
集中は生まれませんが、“意思”或いは
各々のルールが生まれるわけですね。

日本がこれまで無宗教、無信仰、
融通信仰(時と場合ってやつですね。)でやってこれたというのは、
多くの国民が共有しなければいけない“ルール”が、
ルールなんていう堅苦しい言い方ではなく、
性善説の様に、『こいつは悪いやつではない。』
という“感覚”が、島国、単一民族、
中流社会という特殊な環境の中で保たれていた?
からの様に感じます。

それは、本当にすごいことだと思いますし、
だから日本人すき。なんて思っちゃいますが、
そんな性善説も年々崩壊していたのでしょう。

これまで異常とされていた事件も事故も逆の
『性悪説』から考えると納得がいってしまう。

しかしながら、
昔も昔で酷い事件が起こっていたなんて話を聞くと、
単純に臭いものにふたをし続け、
そのふたの中が見えないものだという
性善説と言うルールが、弱ってきたのかもしれませんね。

『こいつは悪いやつではない。』という希望が、
いつのまにか
『私に危害を加えないやつは悪いやつではない。』
という強制と監視と恐怖心へ移り変わったのかもしれない。

それはとても怖いことですが、
例え偽りであったとしても、
これまで『性善説』が保たれていたと言うのを誇りに思おう。
また、これからこそ『性善説』を信仰しよう。

ルールのない中での『性悪説』というのは、
悪夢でしかないから。。。

というわけで、やっぱりテレビは捨て去ろう。
そして、政治は無視しよう。
今行われている醜態は精神を破壊する。

そんなものよりも、近くにいる人を大切にし、
そして、その近くにいる人の近くにいる人も大切にする。
そんな様に、少しづつ少しづつ増やし分け与える。

きっと、今こそ宗教が必要である。
というと、誤解を与えてしまいそうですが、
そうではなくて、『古き良き日本人』みたいなものが、
必要です。ということですよ。

でも、その為にはやっぱりこの醜態から逃げないで、
その上で“夢”を見つけないと何にもならない気もするんですよね。

あぁ、ほんとなんか良いことおこんないかなぁ。
なんて、現実逃避してみます。。。


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