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瞑想入門 お知らせ
 というわけで、昨日は記録をさぼったわけですが、
もし、気にかけて下さっていた方がおられたらごめんなさい。

と、せっかくの機会なので、
いつまでも悶々とした記録をさらしていても仕方が無いので、
入門編はこれぐらいにして、
次回からは次のステップに移ろうと思う所存であります。

といっても、成果が芳しくはないので、
兆しが出始めた頃にでも、
瞑想第一歩編。の様な形で再会出来ればと思っております。

とりあえず、一ヶ月を終えての感想は、
後日にでも気が向いたら更新致しますが、
いつでも、どこでも、誰でも、15分程度の時間で出来る訳です。
もし、楽しみにしておられた方がいたとしたら、
まずはご自身でお試し下さい。
一瞬で抜かれているかもしれませんが、
それはそれで、たまには、贅沢に時間を使ってみるのも、
良いものですよ。

では、しばし。
瞑想入門 30日目
30日目。1試合。

もう1ヶ月です。
成長しているのでしょうか?
きっと成長していると思わないと、
なかなか前に進まない毎日というのは、
投げやりになってしまいそうな今日この頃です。

どうしても、こういう記録をつけていると、
変化に敏感になる訳です。
おっ、これは新しいか!?
とか、これは書けるな。
とか、これじゃ書けない。。。
とか、雑念がでるわけです。
そして、八つ当たりの恥ずかしい記録を惜しげも無くつける
敗北感を味わう訳です。

きっと、こういう『雑念』であり
『邪な考え』に捕われなくなることも 重要なのだと、
気持ちだけは前のめりにして、
『楽しもう瞑想』
瞑想入門 29日目
29日目。本日は休み。

休みというと怠けている様にとられそうですが、
なんとなくこの頭の状態じゃ入れないというのがわかるわけです。
要するに『雑念』ムンムン状態ですね。

そんなときは、バタンと倒れてしまうに限ります。
そして、朝起きてすっかり忘れてしまう。
これに尽きる訳です。

『瞑想』なんていうと、
なんだか仰々しい気がしますが、
結局の所、如何に脳を休ませるかであり、
如何に脳をクリアにするかでしかない訳です。

だから、時にはスポーツをすることも、
音楽を聴く事も、映画を見る事も、
どこかに出かける事も、『瞑想』の一種であるわけです。

決して言い訳ではありません。

そう思った根拠を近いうちに書ければなと、
今日は思ってみるのでした。
瞑想入門 28日目
 28日目。1試合。

ん。。。?

これまで過去を『夢』として思い出しました。
ということは何度か記載致しましたが、
すべての『夢』は、『自分史』の様なものを作るとすると、
節目節目として記録する『思い出』といっても差し支えないほど、
良い思い出であり、いつもとは違う『非日常』の『夢』だったわけです。
旅行に行った事や、トラウマの様に残っている
自分を語る上では外せない『出来事』であり、
瞑想を始めるまでにも何度も思い出した事があるような
『記憶』であったわけです。

しかしながら、今日は少し違った訳です。
思い出してみると、『確かに。。。』
というぐらいの記憶ではある訳ですが、
恐らく、その体験後これまで思い出した事がなかった様な、
『過去』を思い出した訳です。

『楽しもう瞑想』の中で、回想される『過去』は、
細部まで細かな『過去』であり、『夢』とは別のものである。
というように言われています。勿論千差万別だとは思いますが。

というわけで、ん。。。?
これが第二段階なの?
いやいやただの『夢』だよね。。。
という様な今日の結果報告でした。

瞑想入門 27日目
 27日目。1試合。

『闇』にはくるのだが。。。
一昨日の様な『膜』の感覚には入れず、
というと、使う言葉的がだんだん変な方向に行ってそうですが、
あくまで個人的な表現としてわかりやすいかな?
と思って使っておりますので、
他の言葉が見つかれば即時変換致します。

『闇』に入る前の感覚としては、以前にも記載しましたが、
自分を中心?というと達人のような感じがするので、
まだその様な境地ではありませんが、
自分の目を中心として、波紋が広がり続けるような感覚になります。
テレビなどで言うと、イルカや鯨が音波を発信するような絵が
描かれることがあると思いますが、あんな感じです。

目こそ閉じているわけですが、
閉じた視界の中を光の様な波紋が、
恐らく鼓動のリズムに合わせて広がり始めます。
そうなったらそれが『雑念』になりますので、
『スワイプ』とまではいきませんが、
飛ばさない程度でスワイプします。
(タッチスクリーンユーザーにしかわからないと思いますが。)
そうすると、私の場合視界の画面が『真っ暗』になり、
『闇』の状態に入ります。
そして解けるときも、どこかから視界の中に『画』が侵食しだす訳です。
瞑想入門 26日目
 26日目。1試合。

本日は前日に続き。。。
といいたいところですがね。

ただ、私個人の中では、瞑想中『雑念』を
飛ばす方法が身につきつつあります。
それは、視線を振ることです。
というとわかりにくいかもしれませんが、
今はやりの新型iPadのスクリーンを指で弾くように、
『雑念』という『画』を指の代わりに視線で飛ばすわけです。
これが意外と私にはなじむようで、
雑念である『画』を指でタッチするように、
視線で『クリック』し、指の流れのように、
流し目で『スワイプ』するわけです。

雑念の解除に行き詰った方は一度お試し下さい。
慣れてくると、日常生活でも『問題』から目をそらすと、
意外に忘れちゃったりするもんです。
瞑想入門 25日目
 25日目。1試合。

おおおおおっと!!!
若干『キターーーーー。』というと皆様の期待には
さほど答えられませんが、久しぶりに『闇』状態、
+感覚的には今までで一番『進んだ』気がします。

『闇』の状態に入るまでは今までどおりですが、
『闇』状態に入った瞬間?というか、
いつのまにかという感覚なのですが、
幻聴とまではいきませんが、
聴覚がいつもとは違うようになったわけです。

時間的には夜の時間帯ではあるわけですが、
外部の音もある状況でありながら、
『キーン』というか『ザー』というか『ジー』という、
かすかな『音』が耳を満たし、外部の音が『遠く』にいきました。
非常に言葉にはしずらい感覚ですが、
イメージで言うと、自分の周りに『膜(バリア)』が
張られているような感覚でしょうか?

外部の音は『バリア』によって遠のきますが、
己の音?聴覚が感じる音は、『膜』の中で反響している様に、
己を包んでいるわけです。
ここまでは『キターーーー!』という感覚でした。
しかしながら、前日に触れた『無呼吸感』が襲い、
呼吸が浅くなるわけです。
マントラを唱え出来るだけ意識を飛ばそうと
トライする訳ですが、残念。。。

しかしながら、達成感からなのか効果なのかはわかりませんが、
頭がすっきりするわけです。

感覚が習慣化すれば言葉に置き換えられるようになると思いますので、
しばしお待ちを。
瞑想入門 24日目
 24日目。1試合。

結果にもじもじして本日は、正座で行ってみました。
まぁ結果はごろうじろです。

姿勢に関しては、以前も軽く触れましたが、
『呼吸』がとても大事なわけです。
その呼吸が『スムーズ』に行えるように、
背筋を伸ばし、体中に『空気』が送り込まれるのを
『イメージ』しやすいようにするわけです。

なぜかというと、初期の頃に体験した『闇』の状態では、
酸欠とまではいきませんが、体験談としては、
『呼吸』に関して、『雑念感』を抱くことがあるからです。
わかりにくいかと思いますが、
『雑念』というのは瞑想の中で『取り除く』或いは
『クリア』にする必要があるわけです。
呼吸をクリアにするというと、
言葉的には『無呼吸』となってもおかしくないわけです。

実際のところ無呼吸になるわけではありませんが、
私の場合はというと、呼吸が浅くなってしまったわけです。
それって少し危ないんじゃね。って思いますが、
感覚的には『起きている』状態なので無問題なわけです。

でも、浅くなってしまうと正直少しあせります。
『雑念』も生まれます。きっとその感覚を抜けるのが、
次のステップとなるのだと思います。
瞑想入門 23日目
 23日目。1試合。

ここ数日はお知らせするほどの変化もなく、
余談ばかりで恐縮ですが、
成果とはきっとそういうものの果てに成るものだと、
お付き合い頂けると幸いです。

と、やはり成果は上がらず、
こうなると単純な『小学生の壁当て』のようなものを
綴っているように過ぎない気もしますが、
どんなものなんでしょうかね?

と、もはやそういった言い訳はあきましたので、
結果が上がらない場合は、
基本的には『瞑想』に関する余談で
終始致しますのでご了承下さい。

以上、本日の結果と報告でした。
瞑想入門 22日目
  22日目。1試合。

なかなかに成果も上がらず、
読んで頂いている方には、申し訳ない限りであります。
始めの頃は『自分は得意かも。。。』
なんていっていたことが恥ずかしくなってしまう
今日この頃であります。

結局今日もいつもと同じ様な結果である訳ですが、
本で読んでいた様な『体験』はまだないわけですが、
『夢』の様な感覚として、
『過去』を思い出しているのは確かな訳です。

推測するに現段階では何も考えていない状態の中で、
『思考』が、本から得た『過去の探索』という事を、
『思考の種』として、頭の中から引っ張りだし、
楽しかった『ネタ』を、
餌として私に引っ張りだしてきているのだと思います。
その餌が『過去』のものであるから、
これは『成果』なのか?という『雑念』が生まれ、
まんまと引っ張られているのだと思う訳です。

まあそれが『雑念』なのか『成果』なのかはわかりませんが、
少なくとも『そういえば行ったな〜。』的な、
思い出を思い出す機会となっているのは、
前向きに考えると良い事ではあるのかもしれませんが、
期待通りにはなかなかにいかないものです。