<< May 2012 |
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31
>>
ごあいさつ
2012.05.01 Tuesday
意味なんてない。そう、意味なんてなんにもない。
ここ数日という訳でもないですが、
色々と疑問に思う事があるのです。
というと、『大丈夫?』
と、思われるかもしれませんが、
基本的には大丈夫だと思います。
で、色々と書こうかなと思う事もある訳だったり、
英語の練習にでもと、ちらほらネタがある訳ですが、
なんだかそれを書く事、または考える事、
考えている事に『違和感』を覚える訳です。
結局、どんな思考もどんな発想も、
生命としてあり続ける限りは『途中』であり、
日々更新されていく『中途半端』なものであって、
いわゆる『永遠の真理』なんてものを
求めているつもりでありながら、
本心ではそんなものは『破壊してしまえ!』と、
思っている訳です。
だって、これが『ルール』だから。。。
なんて言われるのは癪なもんで。
と、話が脱線しましたが、
ひとまず、現段階の私の知識であったり、
発想を綴ってもあまり『意味』がないように
ここ数日感じておりまして、
ちょっとさぼろうかな。と思っている次第であります。
で、その一番の理由は、
『今オナニーしてちゃだめでしょ?』
と思ったからな訳であります。
また、同時にいわゆる『日本人の習性』の様に感じたからであります。
というと偉そうですが、
なんだか、『発言』することや『聞く事』、『納得する事』で、
物事が『完結する事』というのが、
あまりにも多い様に感じるからです。
いわゆる『時間』というものが、
この『グローバル社会』ってやつの中に突入した事により、
なくなってしまい、『完結する事』という時代というのか、
『意味』というのがなくなってしまった様に思う訳です。
いわゆる『ハード』よりも『ソフト』の時代というやつなのでしょうか、
物事はすべて日々『更新』され『変化』していく訳で、
ある意味で『昨日の当たり前』が今日は違う。
なんていう感を覚える訳です。
そういった状況下というか個人的な認識下の中で、
『いやいや、今オナニーしてらんないでしょ?』
ってなもんで、単純な話『勉強しよう!』と思った訳です。
これまでは、ひとつの『ハード(受動機)』を作る為に、
多くの人の『オナニー』がこの日本を築き上げたのだと思います。
そして、同時に日々『焦燥感』『少しの達成感』を覚え、
『ささやかな幸せ』を味わっていた様に思います。
恐らく、そんな時代が日本人にはマッチしており、
世界の情勢とマッチしていたのだと思います。
で、今の時代ってやつは『耐久戦』な訳です。
24時間誰かがどこかで『開発』を行っており、
同時に『性交(交渉であり連動)』が行われている訳です。
そんな日々は1日の単位では『完結』せず、
昨今の『右左』『民主自民』『賛成反対』なんて、
二極化問題なんてくだらない『どちらかの主張』では
解決しなくなってしまった訳です。
問題が次々に起こりすぎてね。
で、とりあえず私は二極化問題であったり、
主義主張なんてものを今やって
『少しの満足感』を味わっているよりも、
10年後死なない為に、或は『大きな幸せ』を得る為に、
『マインドコントロール』をしようかな。
と思う訳です。
戦いに備えてね。
なんてかっこつけましたが、
ほんとのところ、書いてる事に意味が持てないというよりも、
とりあえずブログに書かなくてもいいや。
と、思ったのが本音だったり。
とは言っても、なんだかんだ言いたい事や、
瞑想なんかに関してはお知らせもしたいので、
今までとあまり変わらない様な気もします。。。
ただ、英語の文章は長文が書けないので、
公開オナニーはtwitterの方で行おうかなと思っております。
同時に、twitterでは、今日から『マインドコントロール』を
行おうと考えております。
きっとフォロワーがガンガン減っていくと思いますが、
ご興味をお持ちの方があれば、
一緒に『洗脳』されてみませんか?
とりあえず最近書こうと思っていた話です。↓
機会があったら載せますね。
瞑想と宗教
瞑想とゾーン
ボルダリングと気功
病気と瞑想
プレゼント形のないもの
平日休みの人の方が時間を大切にする
女性化とは?依存しなければならない人が増えたということ
時間が有限なのは『私』にとってだけである。
日本人は世界一オナニー好き
欲望と思考の比重が『優先順位』をぼやけさせた
女性2.0
制服という規制
優しさと偽善の違い
一本松と事実
予想と事実
twitterアカウント
@hakufoundation
新しい事を始めるということ
2012.04.27 Friday
子供の頃が楽しかったのは『時間』が
『コスト』ではなく『成長』であったからである。
私事ではありますが、
よくストレスがなさそうとか、
アクティブだねとか、スタンスが軽いねなどと、
言われる事が多々あります。
しかしながら、人知れず胃を壊し入院し、
『もう少しで。。。』なんて言われた事も
何度かあったりするんですよ。これがね。
と、愚痴は置いておいて、
どんな人であっても、他人からは何らかの
『レッテル』というのが張られているもので、
その『レッテル』とは違う『アクション』を起こすと、
前述した様な台詞を言われる事があるものです。
その頻度が多いと『不思議な人』なんて『レッテル』でくくられ、
理解の外に置かれる事があるものです。
と、その話も置いておいて、
いわゆる『新しい事』を始めるというのは、
その『レッテル』からの脱皮である訳です。
また同時に、生まれ変わる為の『コスト』がそこにはついてくる訳です。
それは『時間』であったり『金』であったりと。
人間は年齢を重ねていくに従い、
『関係性』が増えていくものです。
その『関係性』とどう『接する』かに『社交性』や、
『独自性』などの『生き方』というのが反映されていく訳ですね。
で、子供の頃はというとその『関係性』が重い軽いは別にして、
いわゆる『大人』に比べて絶対的に少ない訳です。
だから軽はずみな行動をしたり、他人に迷惑をかけたりする訳です。
そして、それから『学習』し、『大人』へと成長していく訳です。
では、『大人』になった私たちは
もう『学習』する事ができないのでしょうか?
ということで、ようやく本題です。
勿論答えは『NO!』ですよね。
しかしながら、次の問題として『コスト』を掲げてくる訳です。
と、『コスト』の話はまた次回にして、
今回は、『成長する楽しさ』について、
ちょっと考えてみようと思っていた訳ですが、
もう私的にはまとまってしまったので、
後は余談です。
成長すると結果的についてくるものは、
以前の状態にはなかった『広がり』がついてくる訳です。
その『広がり』は更なる『広がり』を示してくれることもあり、
友達の友達が芸能人。みたいに、興味の有る無しに関わらず、
時には『役立ったり』もする訳です。
しかし、場合によっては『泥沼』に
落ち込んでいったりもする訳ですが、
落ち込んでいく様な人を世間では『馬鹿』と呼び、
私のブログなどを読んでくれている様な人にそう言う人はいないので、
そんなくだらない話はしない訳です。
で、その『広がり』という『言葉』には好き嫌いが
表れやすいように思います。
だから、趣味っていう『新しい事』を起こすのに
躊躇する人が後を絶たない訳です。
でも、わかりやすく考えてみましょう。
小学生の読む辞書と、高校生の読む辞書は、
明らかに違う訳です。
そこには、漢字によって要約された意味や、
要約によって短縮されたページ数が、
別の言葉を記載するページとなって『プラス』されたりする訳です。
要するに成長するって言うのは、
自分の特徴という『本』のページが、
増えていくという事な訳です。
毎日以前に書かれている内容を反復するよりも、
たまには違った内容があった方が面白い。
時には写真だけのページや、
赤や黄色だけのページ、紙じゃない材質のページや、
インターネットに飛ぶURLが張られていたり、
おもちゃなどの付録が入っていたりした方が、
『楽しくないですか?』
成長する事っていうと大げさですけど、
一生に1冊しか作る事ができない『私の本』を、
もう少しみんな楽しんで作った方が良いんじゃないでしょうか。
あなたが言う『コスト』って、
そんな大事な事に支払われてますか?
とりあえず、瞑想でもやってみたら。
15分だけ新たなページを作る時間に
充ててみてはいかがでしょうか。
今日は映画『サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』
を観てきました。先行試写会で入江監督といとうせいこうさん、
極悪蝶の方々がおられ『広めましょう!』ということなので、
広めます。感想は『時間がないので』また後日。
http://sr-movie.com
日本てこうだよね。
日本てこうなったんだよね。
夢を叶えるリスクがリアルになった。
ということを改めて思った映画でした。
脳トレ
2012.04.22 Sunday
物事を『筋トレ』に置き換えると、
意外と何でも腑に落ちてしまう。
筋肉の様に『目標』へと到達するのはなかなかに難しい。
潜在意識というものは素晴らしいもので、
『今』の自分がいかに形作られたかというのが、
やっぱりあるんだな〜と思いました。
14年前に放映された『トゥルーマンショー』。
1度しかみた覚えがなかったのですが、
いつも私の『頭の中』にあった映画でした。
なんとなく観たくなったので見直してみると、
『あら、びっくり。』私の発想の原点というか、
私のアイデアは『パクリ』だったことを知りました。
パクリというと、なんだかな〜ですが、
まったく覚えていなかったつもりの『出来事』が、
いつの間にか自分のものになっていたという
『素晴らしさ』を覚えました。
ホリエモンこと堀江貴文さんが大量の『インプット』が必要。
なんてことを言っておられましたが、
まさしくこういうことなんでしょうね。
日々は確実に『脳』という人間の『HD』に
確実に記録されている訳です。
その記録が己のとっての『辞書』になり、
『知識』になり『武器』になり、
最終的には『すがる』ものになる。
なんだか『瞑想』の実写版効果みたいなものを、
体験した日でした。
『トゥルーマンショー』話と、
『クレヨンしんちゃん。モーレツ大人帝国の逆襲』の感想を
書く予定でしたが、変わってしまいました。
どちらも、やっぱりmy favorite映画です。
here and now 映画『ドライブ』
2012.04.11 Wednesday
Woman is passive.Man is active.
Men and women has played a role by the physical nature.
And,Woman is strong forever.
What is stronger?
It is to life.
Life is here and now.
いつの間にか、
『今』『ここ』にいることを当たり前の事として生きる私たちは、
『いつか』『どこか』が最も尊いものだと考える様になった。
時間の経過と共に進化することが絶対であり、
今日よりも明日、成長している様にと。
成長に果てはないのだろうか。
かつての人々は、『明日』餓えない為に大海に飛び出し、
『未知なる未来』を切り開いた。
そこには、『自分たち』にとっては手つかずの
『もの(なにか)』が広がり、
それらはすべて『自分たち』の思い通りになった。
月日が流れ、その他の『自分たち』が大海を渡ってきた。
そして『自分たち』のものは『他人たち』と争う事になった。
現代の『月日』はいつなのだろうか?
現代の『大海の向こう側』とはどこなのだろうか?
現代の『自分たち』とは誰までなのだろうか?
日本では最近になってまた、『女性が強い』と言われだした。
それはなぜだろうか?
かつて、大海に飛び出した男達には『いつか』『どこか』があった。
それは、時代によって変わり、アメリカであり、
ヨーロッパであり、BRICS?は違うのだろうか。
『ここ』にはない『なにか』が『どこか』にあり、
それは『自分たち』の餓えを補うもので、
それを得る為に『まず』は男が必要であった。
いつしか、常に得続ける事で『いつか』は『今』になった気がした。
そして、男は強くなったと過信した。
『いつか』『どこか』は『今』『ここ』になり、
また餓えが始まった。
男は大海に出なければならなくなった。
大海の向こうの『なにか』を得られなければ、
餓え、弱くなってしまう。
大海はどこにあるのだろうか?
What is stronger?
It is to life.
Is it true?
私は男でありたい。
映画『ドライブ』
http://drive-movie.jp
なかなか面白かった。
予告見ない方が良いですよ。
映画話は日本語でしようかなと思ってみました。
でも、そんな話ではまったくないので誤解なきよう。
ちょっと『ラブ・アゲイン』からゴズリングの仕草にはまってみる。
Japanese Dream
2012.04.07 Saturday
Once, in Japan, there was a beauty.
It was a colorful change in seasons brought.
It has a beginning, there was a definitive end.
What was the end?
In Japan, the word "end" had become to a variety of meanings in the past few decades.
It destroyed trivial the happiness.
We had think being alive is duh.
We began to think that usually also be eaten having house.
Our idea not be changed unfortunately.
Japanese Dream was the end.
Let's start from the beginning.
Life is once.
mm......difficult.
daily
2012.04.04 Wednesday
I decided to output.
Because,all people can not understand each other.
It seems like a very sad thing.
but It is not that sad things.
Now,Do you know what lover thinks?
We do not understand even of the most important person.
Your kindness is sometimes hurt people.
Your courage is sometimes despicable act.
Your presence is sometimes evil.
The important thing is that meaning.
“The opposite of love is not hate, the opposite of love is ignorance. ”
we think and represent.
we cannot understand each other that is not bad.
We can only know.
And We can only output.
自問自答
2012.03.31 Saturday
瞑想入門に連動してという訳ではありませんが、
何だかんだ、このブログを始めて
そろそろ3年近く経っているみたいです。
このブログの前から考えると、
私の個人的な発言をインターネットを利用して述べて、
6年以上が経過しているようで、
ちょっとこれを期にというわけではありませんが、
この行為について考えてみました。
読んで下さっている方の数はどうであれ、
社会とか世界とか大きな事を語ってみたり、
人間とは身体とは、考え方云々かんたら、
と、言いたいことを言って自分が『高尚』な人間にでも
なったような気になっている今日この頃ですが、
若干ながら、それこそ『これって必要?』なんて
気を覚える次第であります。
記録をつけるというのは悪いものではありませんが、
インターネットという他者とつながっている媒体で、
表現するというのは他者の評価を前提とした
行為だと個人的には思います。
だからそこには『他者からの批判』『意思』があり、
それを互いに共有する事で良きにつけ、
悪しきにつけ『アウトプット』する価値の様なものがある様に思います。
ところが、自堕落に6年以上もこういった行為を行っていると、
いつの間にか、自分はアウトプットをしている。
という気になっている様に感じる訳です。
この状態というのは、とても良くない。
他者と関わるという事は、
そこには何らかの関係性がある訳です。
その関係性はお互いに良きにつけ悪しきにつけ
『変化』、或は『成長』している訳です。
だからこそ、『次』の機会があるわけです。
例え付き合いの中で、具体的に得るものも失うものもなかったとしても、
時間というものは一様に経過している訳です。
本を開いたとして、最初の一文字を見続けられる様な人は、
ほぼいない訳です。
少なくとも、濁点程度までは目を通し、
それ以降続くのか、そこでやめるのか『変化』がある訳です。
そこには、本との関わりがあり、他者との関わりがある訳です。
ところが、ブログというのは少し違う様に思います。
勿論、解放されているという現実的な話がある訳ですが、
そこが問題だと、個人的には思う訳です。
解放されているという『イメージ』の中で、
『発言』することで、『関わり』同時に、
一方的に『主張』をしている形になっているわけです。
例え誰かを傷つけるような発言であったとしても、
或は喜ばせる発言であったとしても、
発している本人はあくまで自分の『イメージ』の中で、
『評価』を受けた気になっている訳です。
そして、他者と関わる事無く『成長』している気になっている訳です。
少なくとも私は、そんな気になっている様に思います。
それは、とっても『あま〜い世界』だと思う訳です。
一人っ子の子供がわがままに育つと言われる様に、
『放置』或は『自由』な環境というのには『ルール』が無い訳で、
その環境の中に浸かっていると、やっぱり、いつの間にか、
『馴染んでしまう』訳です。体臭とか、口臭とかね。
そして、気づかぬまま、
現実=『アウトプット』の環境に入っている訳です。
そうするとそこで『あま〜い世界』の『甘え』が出ちゃう訳です。
そして、頭の中で作った『黄金の知性』で現実に関わる訳です。
その『黄金』は現実的にはまだまったく
『磨かれていない石』だということにも気づかずに。。。
言い訳ではありますが、
私のブログに対する関わり方というのは、
『頭の整理ツール』としての使用のつもりだった訳です。
だから、話が飛び飛びだったり、始めと終わりで
書く内容が変わっていたりする訳ですが、
とりあえず箇条書きとまではいかないまでも、
書き出し、連想し、組み合わせる事で、
『スッキリ』していた訳です。
勿論、極力はわかりやすくしようかな〜という
気を配ったりもしてた『つもり』ではあります。
でも、きっとその『つもり』が良くない様に思う訳です。
その『つもり』に甘え、頭でっかちで、
『問題』に『対峙(戦う)』していた『つもり』になっていた様に思います。
だから、これからは、『ツール』として使わせて頂きます。
なので、恐らくとても読みにくい場合が多々ある様になると思います。
ですが、これはコメントを下さらなかった皆様にも責任がある訳です。
というのは冗談ですが、
少し書き方を変えてみようと思っています。
どうするかはまったく決めていませんが、
決まるまでは行き当たりばったりになると思います。
まあでも、今年は『トライ&エラー』の年です。
大目に見てやって下さい。
Mr.Children
『彩り』
http://www.youtube.com/watch?v=BprYDuumMks
瞑想入門 お知らせ
2012.03.31 Saturday
というわけで、昨日は記録をさぼったわけですが、
もし、気にかけて下さっていた方がおられたらごめんなさい。
と、せっかくの機会なので、
いつまでも悶々とした記録をさらしていても仕方が無いので、
入門編はこれぐらいにして、
次回からは次のステップに移ろうと思う所存であります。
といっても、成果が芳しくはないので、
兆しが出始めた頃にでも、
瞑想第一歩編。の様な形で再会出来ればと思っております。
とりあえず、一ヶ月を終えての感想は、
後日にでも気が向いたら更新致しますが、
いつでも、どこでも、誰でも、15分程度の時間で出来る訳です。
もし、楽しみにしておられた方がいたとしたら、
まずはご自身でお試し下さい。
一瞬で抜かれているかもしれませんが、
それはそれで、たまには、贅沢に時間を使ってみるのも、
良いものですよ。
では、しばし。
瞑想入門 30日目
2012.03.29 Thursday
30日目。1試合。
もう1ヶ月です。
成長しているのでしょうか?
きっと成長していると思わないと、
なかなか前に進まない毎日というのは、
投げやりになってしまいそうな今日この頃です。
どうしても、こういう記録をつけていると、
変化に敏感になる訳です。
おっ、これは新しいか!?
とか、これは書けるな。
とか、これじゃ書けない。。。
とか、雑念がでるわけです。
そして、八つ当たりの恥ずかしい記録を惜しげも無くつける
敗北感を味わう訳です。
きっと、こういう『雑念』であり
『邪な考え』に捕われなくなることも 重要なのだと、
気持ちだけは前のめりにして、
『楽しもう瞑想』
瞑想入門 29日目
2012.03.28 Wednesday
29日目。本日は休み。
休みというと怠けている様にとられそうですが、
なんとなくこの頭の状態じゃ入れないというのがわかるわけです。
要するに『雑念』ムンムン状態ですね。
そんなときは、バタンと倒れてしまうに限ります。
そして、朝起きてすっかり忘れてしまう。
これに尽きる訳です。
『瞑想』なんていうと、
なんだか仰々しい気がしますが、
結局の所、如何に脳を休ませるかであり、
如何に脳をクリアにするかでしかない訳です。
だから、時にはスポーツをすることも、
音楽を聴く事も、映画を見る事も、
どこかに出かける事も、『瞑想』の一種であるわけです。
決して言い訳ではありません。
そう思った根拠を近いうちに書ければなと、
今日は思ってみるのでした。